資産運用にまつわるお悩みにプロが回答するシリーズ。今回は、相続で8000万円もの資産を保有しており、老後に不安はないものの、最適な退職金の受け取り方と投資の方針について悩みを抱える58歳の男性の相談に、長年、大手流通系企業で企業年金業務に携わってきたFP、岡田晃明氏が応えます。
このページの目次
相談者のプロフィールとお金データ
岸田 豊(仮名)さんプロフィール54歳の妻と二人暮らしの59歳。結婚28年目で、子供は既に独立。職業は会社員(金融関係)、妻は福祉施設でパートタイム勤務。60歳になる来年には定年退職後継続雇用となるため、給料は現在の月70万円(税引前)と比較し月35万円程度と大幅減の見込み。定年時に受け取れる退職金の見込み金額は2000万円ほど。
寄せられたお悩み
父母が既に他界し相続を受け、8000万円ほどと生活に困らない程度の資産があります。そのため、現在、3500万円程度の株式投資等を行っています。生活費を企業年金に頼る必要はないと思うので、退職金は全額一時金で受け取ろうと思いますが、金額的に退職所得控除額を超えてしまうので、本当にそれでいいのか迷っています。一方、個別株が半分、インド関連の株式型をはじめとした投資信託に半分というバランスでやっている投資について、個別株は主に配当や株式優待狙いだが問題ないのか、そもそも投資の中身がこれでいいのか、老後に向けて投資の内容をどのようにしていったらよいか……そうした悩みもあります。また、金融資産以外に実家の不動産もあるので、資産が多い分、息子への相続も気になっています。
お悩みの論点
① 資産は十分にあるので、退職金をどう受け取り、どう使ったらよいか
② 老後に向け、投資の方針はどのようにしたらよいか
③ 保有不動産があるので、相続税対策も気になる
資産状況や月々の収支概要
資産状況金融資産額:8000万円
内訳:
株式投資 2000万円
(銘柄:飲食店チェーン、食品メーカー、電機メーカー、建築業、バイオ関連メーカー、医薬品メーカー等)
投資信託等 1500万円
(インド関連投資信託、国内外投資信託等。一般NISA活用)
現預金 4000万円
他 土地家屋(実家および自宅)
受け取り予定の退職金・公的年金の概要
●退職金(企業年金)
約2000万円(退職所得控除額 1500万円)
・受け取り方は「一時金」「年金」の2種類
・25%刻みで組み合わせ選択可能
●公的年金
65歳以降の月額受け取り見込額
夫:18万円(老齢厚生年金12万円 + 老齢基礎年金6万円)
妻:8万円 (老齢厚生年金2万円 + 老齢基礎年金6万円)
収支
<世帯収入>
■60~65歳
毎月の手取り収入:約37万円
(夫 約29万円 妻 約8万円)
■65歳以降
毎月の手取り収入:約24万円
<支出>
※59歳時点(現在)の生活費の金額
・約36万円
岸田さんは相続を受け、保有資産額が十分にあるので、60歳までと同じ水準の生活レベルを保っても当面の不安はなさそうですね。
具体的に言えば、65歳以降は公的年金の24万円(奥様の年金はパート収入とほとんど同じ水準)のみになり、生活水準を維持するには12万円ほど不足します。お二人とも90歳までお元気だとして12万円×12カ月×25年=3600万円の不足になりますが、現時点での資産額がこれを大きく上回っていますので、問題ない、と見立てることができます。
さて、気になっているのは「退職金の受け取り方をどう選ぶか」ということですが、一時金で受け取っても、分割で年金として受け取っても、お金の面での心配はなさそうです。となると、やはりシンプルに損得で考えることになるのでしょうか? 「損」の金額となる、税金について見ていきましょう。
老後資金「5つの使い道」を意識して、
退職金の受け取り方を決める
全て一時金で受け取る場合、退職所得控除後の250万円に税金がかかります。所得税、住民税は合わせてざっと40万円程度となる見込みですので、手取り額は約1960万円となります。一方、控除を超える部分の500万円(退職金の25%)を年金で受け取る場合は、税・社会保険料等5年間で約35万円引かれる計算になります。
このように、岸田さんの場合、「引かれる税金」の金額はどちらを選んでも大差ありません。となると、損得ではなく、受け取り方で選ぶべきということになりそうです。
そのメリット・デメリットを考える前に、資産全体の基本的な管理の考え方として、資産を次の5つに整理してみましょう。
それぞれに、どの程度の割合でお金を置いておくかがポイントになります。もちろん、この5つは重なり合う部分があるので、きっちり5分割すべき、ということではありません。
① 公的年金収入 + 3600万円
② 毎月の保険料 + α
③ 余裕資金8000万円 - 3600万円 = 4400万円
④ ③に含まれる
⑤ ③に含まれる
退職金の2000万円は、この5つのうちどこに割り振るとよいのでしょうか? 長年働いたご褒美としての退職金ですから、よく考えたいところです。
①の生活費に充てるとすれば、「使うお金」として、一度に受け取るよりも分割して受け取る方が目的に合います。
③の運用に回すとすれば、分割より一時金の方が、拠出の「稼ぐお金」としての自由度が増します。ただし、お聞きしたところによると、うっかりしてNISA枠の使い残しが生じてしまうことがあるとのことでしたので、500万円を企業年金として受け取り、入金のたびにNISA口座に入れるという方法もあると思います。
ただし企業年金の場合、一律7.6575%が源泉徴収されるので、年間で8万円程度源泉徴収され、確定申告によって還付を受けるという手続きが必要になります。投資できる額がその分少なくなり、投資の機会ロスが発生しますから、やはり全額一時金で受け取り、適宜投資に回していくのがよいでしょう。
現在の投資先を見ると中小型の成長株が多く、投資信託もエマージング(新興国)や海外の投資信託が多いようで、ややリスクを取り過ぎの感があります。先進国を含む国内外の株式資産と国内外の債券といったふうに、しっかりと基本資産配分を決めてその中でポートフォリオを構築した方がよいように思います。個別株のほうは、タイミングを見ながら徐々に投資信託に軸足を移していくことを検討いただいたほうがいいかもしれません。
「配当や株主優待狙い」という個別株の投資方針はよいと思います。例えば、お持ちの飲食店チェーン関連の株式の購入価格は1400円(100株保有)ですが、株主優待券(食事券)は100株当たり年間8000円の食事券なので、利回りに換算すると購入価格に対し5.7%と非常に魅力的です。幸い、株価の比較的安い時に購入されているとのことなので、売ることを考えずひたすら優待券を使っていくという戦略は続けてもよいでしょう。
利益をもたらす不動産なら
「相続時精算課税制度」に注目
ご懸念の相続税対策ですが、一つは年間110万円まで贈与税がかからない、「暦年贈与」を活用する方法があります。もう一つは、60歳以上の親から20歳以上の子や孫への贈与なら通算で2500万円まで贈与税がかからない「相続時精算課税制度」を活用する方法があります。
基本的には、暦年贈与の方がメリットは大きいと言われています。相続時精算課税制度を利用する場合、最終的には相続税の対象となり課税をされるからです。そのため、相続税の課税が見込まれる場合にはメリットはあまりないかもしれません。
ただし、相続時精算課税制度のほうが有利になるケースがあります。それは、将来値上がりする財産や、収益を得られる財産を譲渡する場合です。
相続時精算課税制度は、「贈与時」の価額を基準として相続税を計算するため、将来大きく値上がりすることが見込まれる場合は価額の低いうちに譲渡しておいた方がよいわけです。また、アパート経営などをしてその建物を贈与した場合、そこから得られる収益分については相続税が課税されません。
岸田さんの場合は、値上がりの見込まれる資産や不動産があるので、相続時精算課税制度を検討してもよいと思います。
「貢献するお金」も、ふるさと納税
などを活用し効率的に使おう
最後に「貢献するお金」について、手軽に利用できる制度としては「ふるさと納税」が挙げられます。節税効果もあり、効果的に使うことができるでしょう。
その他、あまり知られていませんが、叙勲・褒章に「紺綬褒章」という褒章があります。公益のために500万円以上の私財を寄附した者を対象として、各府省等の推薦に基づき審査し、授与するものです。まとまった金額の寄付を考えているなら、社会的貢献と同時に栄誉を得られる可能性があるので、この制度を覚えておいても損はないでしょう。一生に一度、勲章を授かるのも悪くはないものです。
以上、見てきたように、退職金をどのように受け取ればよいのかという問題は、それをどんな目的に使うかによって最適解が異なります。現在の損得だけではなく、先を見据えて、より質の高い生活を目指しましょう。
執筆者
岡田 晃明(おかだ てるあき)ファイナンシャルプランナー
慶應義塾大学経済学部卒業。セブン&アイ・ホールディングスにおいて、イトーヨーカ堂経営政策室、営業企画室で勤務。その後、セブン&アイ・ホールディングス企業年金基金において企画担当マネージャーとして年金業務に従事。2019年2月よりマーケットメーカーズにてDCカンファレンス事業部所属、2019年6月にDCカンファレンス「どうする! 運用商品の評価と選定」を主催。現在、クオリティライフデザイン研究所主席研究員。FPとして活動中。